2017年8月3日 第31号

モントリオール・ホロコースト博物館に保存されている杉原ビザ受給者サーシャ・ワランスキの証言ビデオでは、彼の逃亡の全容が語られている。

 

サーシャ・ワランスキ、妻リタと三人の娘たち(長女ベルニス、次女リサ、三女マリーナ)、ケベック州ショーブリッジ、1970年代(マリーナ・ボランスキ提供)

 

■サーシャの証言ビデオ

 サーシャ・ワランスキの証言ビデオの収録は、1995年11月に行われた。彼が72歳の時の映像だ。証言の聴き手と録画担当の二人に、時折ポーランド語が混じる英語で話す。

 サーシャは、1923年、ポーランド東部の農村コブリンで、ユダヤ系の家庭に生まれた。両親は四人の子供をもち、サーシャはその2番目。姉、妹、弟がいた。

 ワランスキ家の農場の広い敷地内に住む使用人たちは、牛や馬の世話、果樹園での収穫、チーズやウオッカなどを作っていた。のどかで幸せな暮らしだった。父が亡くなると、しっかり者の母と姉が家業を継ぐ。

 1939年9月、第二次世界大戦勃発。ナチス・ドイツが西から、ソ連が東からポーランドに侵攻してくると、母はいくらかの紙幣をサーシャの靴底に隠し、「靴はいつも履いているように」と言い、彼を逃亡させる。16歳の少年であれば、捕まる恐れがあるからだ。

 親戚三人と、隣国リトアニアに流れ着く。同国カウナスで、1940年8月5日、日本領事代理・杉原千畝から日本通過ビザを受給した。

 

 ■ビザ受給時のこと

 ビデオのサーシャは、日本通過ビザ受給時の状況をこう語る。

 「キュラソー・ビザは、自分たちで印刷した」つまり、最終目的地となるカリブ海のオランダ領キュラソー島行きビザは偽造した。それを見せて、経由する日本のビザを手に入れたわけだ。

 「ビザを受給するのに、2、3日並んだ」「日本領事がスタンプを押してくれた」「所持金がないと言うと、ビザ料金は請求されなかった」と思い出す。

 

■敦賀、神戸に着いた時

 リトアニアから汽車でソ連極東の港町ウラジオストクに着くまで一カ月ほどかかった。親戚三人とは離ればなれになり、サーシャは一人だった。

 ウラジオストクで、日本の小さな船にもぐり込む。どこへ向かうのかは分からない。航海中、乗組員に見つかった。

 着いた敦賀港で、船から降ろされた。岸壁に座り途方に暮れていると、年配の小柄な日本人男性から声をかけられる。二人ともロシア語が話せたので言葉を交わす。

 その男性は満州にいたと言う。彼についていくと、まず風呂に入れられた。用意された衣服に着替え、その後、彼の家に入る。食事をし、その家で寝る。数日後、同じ避難民がいる神戸に行けと言われ、電車賃を与えられた。

 神戸に着いたのは夕方。電車を降りる人の多さに驚く。西も東も分からず、郵便ポストに寄りかかりぼうぜんとしていると、突然、「サーシャじゃないか」という声が聞こえた。リトアニアで知り合った同じユダヤ系避難民だ。先に日本に着いていて、神戸の「ユダヤ人共同配給委員会」という救援グループに雇われ、サーシャのように駅で立ち往生している同胞たちを発見しては宿舎に連れ帰っていると言う。

 「あの時、彼が発見してくれなかったら…」、「いろいろな人に世話になった」と、ビデオのサーシャは目を潤ませる。

 

■ホロコーストの影

 日本から上海を経て、インドのカルカッタに行き、そこで1947年まで暮らした。その後、米国を経て、親戚が住むカナダのケベック州に移る。

 1959年、結婚。妻リタとの間に三人の娘を持った。技術者としての腕を板金加工に生かし小規模で始めた事業は、そのうちキャンピングカーやトラクターの製造と、大きく成長させる。しかし、三度の倒産の憂き目も味わった。

 サーシャは、1999年4月に亡くなった。リタは、彼との思い出をこう話す。

 「コブリンに残った母や姉・妹・弟の全員が、戦中、ホロコーストの犠牲になった。戦後それを知ったサーシャは、家族のなかで一人だけ生き残ったことに苦悶した」その一方、「倒産中でも、自宅に多数の友人を食事に招くようなことがあった」。

 次女リサは、「父は、生活に困っている若者を雇って助けた」だが、「父自身の若い頃の話は詳しく語ろうとしなかった」と言う。

 三女マリーナは、以前、知り合いが「サーシャは、bon vivant(ボン・ビバン)だった」と言うのを聞いた。「ボン・ビバン」とは、フランス語で「幸せに生きる」という意味。それも彼の一面だったのだろう。

 サーシャは証言ビデオで、「若かった」「どうなるのか分からなかった」と何度か言う。逃亡中に一人でいた心細さが蘇るのだろうか。戦争で運命を翻弄された彼の胸の内を垣間見るような気がした。

(取材 高橋 文)

 

 

サーシャ・ワランスキ(最前列で腕を組んでいる男性の左後ろ)と、ユダヤ系避難民たち。左から2人目は当連載1回のナテック・ブルマン、右から3人目は連載3回のボルフ・ベイレス。神戸、1941年5月(ブルマン家提供)

 

左から、リサ・ワランスキさん、リタ・マークランドさん、マリーナ・ワランスキさん、ケベック州モントリオール、2017年、6月

 

サーシャ・ワランスキ、キャンピングカー製造会社のオフィスで、ケベック州セント・ジェローム、1970年代(マリーナ・ボランスキ提供)

 

 

 

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