2017年10月26日 第43号

「命のビザ」を手に逃亡の果てに着いたカナダから、ユダヤ教と新しい命が育って世界に羽ばたいていった。

 

ヨゼフ・ロダル(最前列左から二人目)、ポーランドから共に逃亡した神学校の仲間(最前列)と、彼らのモントリオールの神学生たち。モントリオール、1940年代後半(ベレル・ロダル提供)

 

■神学校の仲間と逃亡

 2016年11月、オタワとトロントで、日本の俳優・水澤心吾さんの一人芝居「決断・命のビザ〜SENPO杉原千畝物語〜」が上演された。2007年の初演以来、迫真の演技で、日本国内と海外をあわせ250回以上のロングランとなっている公演だ。

 オタワでの会場となったカールトン大学では、水澤さんの舞台の後、同市に住むベレル・ロダルさんが講演を行った。

 ベレルの父ヨゼフ・ロダルは、1914年、ポーランド南部の古い町シュドボーシュでユダヤ系の両親と9人の兄弟姉妹の家庭に生まれた。

 1939年9月、第二次世界大戦が勃発すると、ユダヤ教神学校で教えていたヨゼフは、同じ神学校の教師や学生と共に9人でリトアニアに逃亡する。ナチスドイツはユダヤ教関係者を迫害の最初のターゲットとしていたからだ。

 翌40年6月、ソ連軍がリトアニアに進駐。ヨゼフら9人は、独ソによる占領が進むヨーロッパからも逃亡しようと、同年8月中旬、在カウナス日本領事代理・杉原千畝から日本通過ビザを受給。41年2月、敦賀港を経て神戸に着いた。

 

■ユダヤ教神学校の移動

 杉原ビザの一連の話の中で、ユダヤ教神学校の教職員と学生は大きな集団としてとらえられる。

 当時、リトアニアのビリニュスには、23の神学校が校長・教師・学生もろとも、中には家族を連れて、独ソ占領下ポーランドから脱出し流れ込んでいた。ユダヤ教研究の意欲が強く、規律があり、集団としての統制がとれていたことなどが、脱出の成功を裏付ける理由として挙げられる。これらの神学校の多くがポーランド東部にあったことも、リトアニアへの越境に有利だった。

 杉原千畝からの日本通過ビザは、個人で、あるいは代表者が日本領事館に向かい受給。ほぼ全員の350人が受給し日本に至った神学校もあった。

 

■ユダヤ教の拠点作り

 日本に到着した神学校関係者たちだったが、人数の多さや渡航費用などの問題もあり、希望するパレスチナや米国など最終目的地へのビザ取得は難航した。そこで、ビザ不要の上海へ移動する。その後、米国やカナダのビザを得た者のうち多くは、太平洋戦争開始前に上海を後にした。しかし、戦争終了まで上海での生活を余儀なくされた者もいた。

 ヨゼフ・ロダルと神学校の仲間も日本から上海へ渡った。幸い9人全員、カナダ入国ビザを得る。上海から米国サンフランシスコへ渡り、そこから封印列車(途中で乗降できない旅客列車)で1941年11月、モントリオールに着いた。その後、同地でユダヤ教ハバド派の拠点作りとユダヤ系コミュニティの発展に尽くした。

 ヨゼフはラビ(ユダヤ教の律法学者)となり、モントリオール市内のユダヤ教神学校の校長を務めた。周囲には、関連の初等教育機関をはじめ、ユダヤ系食料品店やレストランがある。ヨゼフと妻フェージが後年に始めた書店にはユダヤ教やヘブライ語に関する書籍や祭礼用品が並び、モントリオールのユダヤ系コミュニティにとって欠かせない店として現在もある。 

 

■子孫の繁栄と使命

 ヨゼフの父親は戦前に既に亡くなっていたが、シュドボーシュに残っていた家族のうち、ポーランド軍に従軍していた兄以外は、母親と7人の兄弟姉妹の全員が戦中にホロコーストの犠牲になった。その兄の妻子も同様に亡くなっていたので、カナダで生まれたヨゼフの3男1女の4人がロダル家に残った子孫となった。次男と三男はヨゼフのようにラビになった。

 4人の子供たちはそれぞれ結婚。オタワに住む長男ベレルには6人の子供、イタリアに住む次男には17人、米国に住む三男と娘にはそれぞれ11人の子供ができ、合計45人の子供たちから、さらに新しい命が誕生。ヨゼフ自身は1989年に没したが、彼の孫・曾孫は現在200人以上になる。

 ベレルは、「父は戦中のことは詳しく話さなかった。でも、日本で親切にしてもらったことや、日本人から受けた敬意については語っていた」と振り返る。横で、夫人のアルティも、「私たちは当初、ヨゼフとスギハラの話を別々に追っていた。それぞれの話を知るうちに、パズルのピースがはまっていくように二つの話が一つになった」と言う。

 父ヨゼフの日本でのよい思い出が、ベレルの日本への興味をさらにかき立てる。手際よくたてた抹茶をすすめてくれながらこう続けた。

 「父は私たちに、善い行いをするようにと話した。ユダヤ人のみならず全世界の人々に貢献するようにと育ててくれた。それがスギハラからの一枚のビザがもたらした子孫200人以上の使命です」

 

●参考文献
・中日新聞社会部編『自由への逃走 杉原ビザとユダヤ人』東京新聞出版局、1995年
・ゾラフ・バルハフティク著、滝川義人訳『日本に来たユダヤ難民 ヒトラーの魔手を逃れて/約束の地への長い旅』原書房、2014年

(取材 高橋 文)

 

 

ヨゼフ・ロダル、1940年(ベレル・ロダル提供)

 

ベレル・ロダルさんと夫人のアルティさん、オタワ、2017年6月

 

 

 

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