2017年7月6日 第27号

杉原ビザ受給者ダニエル・ズルテックの娘のアイリーン・ヘンリーさんは、古い書類が載った台紙を捧げるようにして部屋に入ってきた。

 

ダニエル・ズルテックの身分証明書。左上に、昭和16 年3月5日、日本入国を許可する福井県のスタンプ。その右横、スタンプ4行は、神戸ユダヤ協会を保証人として入国を特別に許可するというただし書き。(アイリーン・ヘンリー提供)

 

■海運会社経営

 ダニエル・ズルテックは1910年9月1日、ポーランドのワルシャワで生まれた。父レオンは、大手海運会社を経営。ダニエルも二十歳を過ぎると、家業の運営に加わる。

 1939年9月1日、29歳の誕生日に第二次世界大戦勃発。同6日、ドイツ軍から猛爆撃を受けるワルシャワを脱出し、ソ連国境近くのピンスクを目指した。

 半月後、独ソ不可侵条約を盾に、ソ連軍もポーランドに侵攻。ピンスクにも進駐してくる。実業家のダニエルなど、見つかれば即刻シベリア送りだ。こう考えた彼は、隣国リトアニアのビリニュスへ逃げた。  

 

■ポーランド人部隊に志願

 1940年6月、ソ連、リトアニアに進駐。

 「ここに留まっているのは危険」「カウナスの日本領事が通過ビザを発給している」こういう噂が、ポーランドから流れてきてリトアニアに吹きだまっているユダヤ系避難民の間に広がる。

 ダニエルは、8月1日、領事代理・杉原千畝からビザを受給。同月、ソ連はリトアニアを占領した。

 41年3月5日、敦賀港に着く。大切に持っている身分証明書には、最終目的地として、カウナスのオランダ領事が発給してくれた蘭領キュラソー島行きビザがある。しかし、旅を続ける所持金はほぼ無くなっていた。幸い、神戸ユダヤ協会が保証人になってくれて、上陸が許された。

 日本滞在中、東京の英国大使館が、同国軍のポーランド人部隊への入隊者を募っていることを知る。オーストラリアか米国かカナダで軍事訓練があるという。志願し、カナダを選ぶ。

 41年6月5日、横浜から乗船した氷川丸は、同月17日、バンクーバー到着。そこから、オンタリオ州オーウェンサウンドのポーランド軍基地へ向かった。  

 

■杉原ビザが作られた書類

 ダニエル・ズルテックが受給した杉原ビザは、カウナスのポーランド公館に代わって英国公館が発給した身分証明書に作られている。

 1939年9月の開戦以降、 独ソによれば、ポーランドは消滅したとされた。しかし、ポーランド政府は、同国南部からフランスを経て英国ロンドンに移動。「亡命政府」として存在を示す。しかし、パスポートなどは発給できない。そこで、リトアニアでは、英国公館が、ポーランド公館に代わり、ポーランド国籍人に身分証明書を発給していた。

 用紙にはポーランド語Zaświadczenie(証明書)とあるが、左上のカウナス・ポーランド公館の名称には大きな×が記してある。反対に、用紙右下には、在リトアニア英国公使のスタンプと署名がある。

 これまで発見された杉原ビザは、同様の身分証明書、パスポート、安導券(交戦国内を安全に通行するための保証書)に作られたものが報告されている。

 

■「命のビザ」への感謝

 ダニエルは、オーウェンサウンドで8カ月の軍事訓練を受けたが、右目の白内障が原因で、名誉除隊となる。幸い、カナダに留まることが許された。

 英語は話せず、助けてくれる家族・友人も財源もない。いくつかの仕事を渡り歩きながら、懸命に働いた。

 結婚して三人の娘を持ち、トロントに住む。建築用の砂・砂利を供給する会社を創り、軌道に乗せた。「スギハラは命の恩人、天使」と言う。

 1993年11月7日、トロントで、カナダ・ユダヤ人議会と全カナダ日系人協会との共催「杉原千畝氏感謝の夕べ」という晩餐会が開かれた。杉原の妻・幸子と、長男の弘樹・美智夫妻が日本から招かれる。ダニエルは、この催しのスポンサーの一人となった。それから2年後の1995年11月、ダニエルは亡くなった。

 2013年10月、トロント日系文化会館の一室で、ダニエルの娘の一人アイリーン・ヘンリーさんと、彼女の息子ポールさんを取材した。アイリーンは、父の身分証明書を広げて載せた台紙を捧げるようにして部屋に入ってきた。

 逃亡中、折りたたんで身につけていた身分証明書は、そのうち切れ切れになってきたのだろう。ダニエルが几帳面にテープで貼りつないでいる。その古い書類を見て、アイリーンは「感動する」と言う。そして、「このビザのおかげで父の命が救われ、今、私と息子の家族がある」と感謝する。

 彼女は面談が終了すると、入ってきた時のように、身分証明書を載せた台紙を再び捧げるように持って、部屋を後にした。

(取材 高橋 文)

 

●参考文献
Daniel Zultek, Recollections

 

ダニエル・ズルテックの身分証明書の裏面に作られた各種ビザ。杉原千畝の直筆による日本通過ビザは右下。その上(右端列、中段)に、オランダ領キュラソー島行きビザ。(アイリーン・ヘンリー提供)

 

1993年11月、「杉原千畝氏感謝の夕べ」に出席のためトロント・ピアソン国際空港に着いた杉原幸子(左)と、花束を渡すダニエル・ズルテック。同年11月5日、MetroPlus 記事。(アイリーン・ヘンリー提供)

 

横浜からバンクーバーに向かう氷川丸船上で、ダニエル・ズルテック(後列右端)と、ユダヤ系避難民。英国軍ポーランド人部隊に入隊する他の杉原ビザ受給者も数名写っている。(アイリーン・ヘンリー提供)

 

 

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