2017年4月13日 第15号

「消えた名前がまた浮かび上がるまでに逃げねば」こう考えて、ヨニアとニウタは、シベリア鉄道に乗っている間も落ち着かなかった。

 

ヨニア・フェインと妻ニウタ、戦前、ワルシャワにて(デボラ・ロス・グレイマン提供)

 

■薬品で消した名前

 ヨニア・フェインと妻ニウタが、日本通過ビザを受給しようとカウナスの日本領事館に着いた時には、領事代理・杉原千畝らは退去した後だった。1940年8月、ソ連はリトアニアを併合すると、各国公館に閉館を命じたからだ。

 しかし、二人が属していたユダヤ系社会主義団体「ブンド」の仲間が、杉原が発給した日本通過ビザを偽造し、後から来たメンバーに渡していた。それを手に入れた。

 さらに、ヨニアの父親は化学者だったので、他人の身分証明書の名前を薬品で消し、ヨニアとニウタの名前にした。また、貼ってあった顔写真を二人のものに貼り換えた。しかし、生年月日や生まれた場所は変えずに、元のままにしておいた。そして、父は二人にこう忠告した。

 「消えた名前は1カ月ほどすると、また浮かび上がってくる」

■「捕まる」

 シベリア鉄道の乗車賃もブンドが与えてくれた。米国のユダヤ団体から、スイスやスウェーデンを経て調達されたものだった。

 乗車にはソ連通過ビザも必要だ。それを手に入れるため、ヨニアとニウタは、カウナスのNKVD(ソ連の内務人民委員部)に行って並んだ。

 二人の順番がきてヨニアが係員を見ると、その顔に見覚えがあった。同じ学校に通っていた男性で、互いに知っている。

 「ソロノイェツ」ヨニアは彼の名前を思い出す。「ソ連秘密警察だ」

 ソロノイェツも、ヨニアとニウタの書類を手に、じっと二人を見つめている。生まれた年や場所などがヨニアの身元とつじつまが合わず、日本通過ビザも偽造と悟ったかもしれない。

 「捕まる」とヨニアは思う。しかし少し間をおいてソロノイェツは、確認し終えたヨニアの書類にソ連通過ビザのスタンプを押し、無関心な素振りでそれを返すと、二人を去らせた。

■日本から上海、メキシコ 

 シベリア鉄道乗車中はずっと、身分証明書の消した名前が再び浮かび上がってくるのではないかと、とても心配だった。

 幸い、ソ連を出て日本まで来れた。1941年2月25日、神戸に着く。当時、神戸ユダヤ協会が作った同地滞在中の避難民リストに二人の名前がある。

 しかし日本から向かう最終目的地へのビザが手に入らない。同年夏、二人は日本政府により、日本に居残っていた他の難民と共に上海に移動させられた。そこで終戦まで暮らし、戦後はメキシコへ渡った。

■ホロコーストを描いた半生

 ヨニアは戦前、ポーランドの大学で絵画と詩について教えていた。戦中、上海でも芸術活動を続け、戦後はメキシコの大学で再び絵画を教える。展示会の開催には妻ニウタが手伝った。しかし数年後、二人は別れ、米国でそれぞれ再婚する。

 バンクーバー市に住むデボラ・ロス・グレイマンさんは、ニウタと彼女が再婚した夫との間に生まれた。1997年に母親が亡くなった後、ニューヨークに住むヨニアに連絡をとった。そして、母ニウタが、ナチス・ドイツ占領下ポーランドから逃げて助かった奇跡のような話の全容を聞く。同時に、日本通過ビザが偽造であったと知る。だが、そのビザのおかげで、母とヨニアはユダヤ人にとって危険だったヨーロッパから脱出できた。デボラは、「スギハラは母の命を救い、私に生を与えてくれた」と感謝する。

 ヨニアは、ホロコーストへの思いを精力的に描き続けた。いつも言っていたことがある。

 「人生の目的とは、しっかり生きること。そして創造すること。自分たちは生き延びた。負けはしなかった」

 杉原千畝については、「信念を貫き、人道的行為をとったことで自らの人生を危険にさらした人々がいた。しかし彼らの行為こそが、狂気をものともしない勝利であった」と。

 ヨニアは2013年12月、100歳で亡くなった。偽造杉原ビザで救われた命だった。

(取材 高橋 文)

 

 

ヨニア・フェイン(右端)と妻ニウタ(右から2人目)、ブンドの仲間と、戦中、上海にて(デボラ・ロス・グレイマン提供)

 

 

ニウタが神戸で受け取ったリトアニアの家族からのソ連製はがき。1941年5月19日消印。日本、神戸、山本通り6、ユダヤ・コミュニティと住所が書かれてある(デボラ・ロス・グレイマン提供)

 

 

イディシュ語で書かれたはがき。1941年5月15日付け。ニウタからの音信が途絶えているので連絡がほしい、家族再会を信じて現状に耐えること、寒いのでまだ冬のコートを着ている、家族からニウタとヨニアによろしく等が書かれてある(デボラ・ロス・グレイマン提供)

 

 

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