2017年3月23日 第12号

「バイタリティあふれた人生」ジュディス・ラーマー・クラウレイさんは、杉原ビザ受給者の両親の足跡を評して、こう言う。 「バイタリティ」とは、どんな困難にも立ち向かう気力・体力。

 

左から、ジュディス、マニャ、アーサ、ゾリア、手前はブラム、1958年(ジュディス・ラーマー・クラウレイ、ブラム・ラーマー提供)

 

■戦争勃発前夜、町から脱出

 1939年、ヨーロッパではナチス・ドイツの不穏な動きが日々加速していた。ポーランド、ウッチ市に住むアーサ・ラーマーは妻のマニャに、自分たちユダヤ人に降りかかる危険を避けるため、安全な場所に移ることを相談していた。だが、マニャは、初めての子供の出産を同年10月に控え、住み慣れた町を出ようとは思っていなかった。 

 しかし8月31日、マニャの気持ちが変わる。勤め先の隣にあったポーランド軍地方司令部が突如慌ただしくなったからだ。その晩二人は、マニャの出産の世話のため彼女の一番下の妹ゾシアを連れ、南へ向かう最終列車に乗り、町を去った。

 翌9月1日、ドイツがポーランドに侵攻。  

 

■逃亡途中の出産

 安全だと思われた南部地方だったが、ドイツ軍の進撃は速い。大きなおなかを抱えたマニャも行く手に爆撃の火の粉を見ては、アーサやゾシアと逃げ惑う。

 10月18日、マニャに待望の男の子が生まれる。

 生まれたばかりのゾリアを連れての逃亡は困難を極めた。ユダヤ人家族が一緒にいると目立つので、分かれて行くこともあった。

 アーサは深い森の中を歩き、ゾリアを抱いたマニャとゾシアの三人がバスに乗っている時だ。ソ連の民兵がバスを止め、近隣に住む者以外は下車するよう命令した。

 「降りればバスには二度と戻れない」こうマニャが思った時だ。ゾリアが泣きだした。すると隣に座って三人を見ていた女性がマニャの耳元でささやいた。

 「降りずにここに座っていなさい」

 

■カナダで打ち立てた生活

 避難場所を点々としながらたどり着いたリトアニアでは、同国を併合したソ連の命令で各国公館は退去していた。唯一、日本領事館が開いている。アーサは妻と息子を含む日本通過ビザを受給。1940年10月、敦賀港に到着した。

 しかし、あてにしていた米国ビザが手に入らない。7カ月に及ぶ日本滞在の末、思いがけずカナダ入国ビザの割当てに親子三人の名前を連ねることができた。41年5月、バンクーバー港に着く。

 ラーマー一家は、その後カナダ東部へ移動。モントリオールに落ち着いた。

 アーサは英語を学び、経済学を勉強する一方、生計のため生命保険セールスの仕事に就く。後にモントリオールにある大学の経済学教授になり、学部長にもなった。

 マニャは福祉を勉強。カナダのユダヤ系移民受け入れ促進の仕事をしながら夫の保険セールスを手伝う。その間、長女ジュディスと次男ブラムも誕生。懸命に働きながら三人の子供を育てた。  

 

■ゾシア、その後

 姉マニャの出産の世話のためラーマー夫妻と共に逃亡したゾシアは、カウナスで米国入国ビザと日本通過ビザを手に入れる。しかし事情があって、姉夫婦とは別行動となった。

 彼女はウラジオストクから敦賀までの船中、ユダヤ系難民の輸送に携わっていたJTB職員の大迫辰雄に、顔写真を渡す。裏には「私を思い出して。素敵な日本人へ。ゾシア」と書いた。

 70年後、大迫のかつての部下でフリーランスライターの北出明氏が、「大迫アルバム」に貼ってあったゾシアを含む7人の顔写真の身元調査を始める。イスラエルのホロコースト記念館ヤド・ヴァシェムのウェブサイトでこれら難民の顔写真を公開。ゾシアの写真がラーマー家の長女ジュディスの目に留まり、身元が判明した。

 米国でゾシアはドイツ系ユダヤ人男性と結婚。ソニア・リードという名前になり、三人の子供に恵まれ幸せに暮らしたことが分かった。 かつてゾシアが大迫に託した写真の憂いを含んだようなまなざしは、当時ユダヤ人が置かれていた厳しい状況を、今の私たちに思い出させるかのようだ。

(取材 高橋 文)

 

●参考文献
Arthur Lermer, One Step Ahead of The Nazis: A Different Surviving Family’s Odyssey.
北出明『命のビザ、遥かなる旅路:杉原千畝を陰で支えた日本人たち』交通新聞社、2012年。
北出明『命のビザつないだ世界:敦賀上陸のその後、⑦1人判明』福井新聞、2016年5月20日。

 

マニャ・ラーマーと1歳の息子ゾリア、東京、1940年。マニャの晴れやかな表情が印象的(ジュディス・ラーマー・クラウレイ、ブラム・ラーマー提供)

 

ソニア(ゾシア)・リード、生まれて間もない次女シェリーを抱いて。夫カート・リード、息子デイビッド、長女デボラ、米国、ニューヨーク州、ウェストバリー、1958年(ジュディス・ラーマー・クラウレイ、ブラム・ラーマー提供)

 

ゾシアが大迫辰雄に渡した写真(左)。自筆のメッセージと名前が書かれた裏面(右)(北出明 提供)

 

 

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