新納基久氏逝去 


今年1月12日にバンクーバー日本語学校並びに日系人会館で行われた書き初めで、指導する新納基久氏


 

 去る6月に体調を崩し、自宅静養していた新納(にいろ)基久氏が8月15日未明、肝臓癌のためバンクーバー市内の自宅で死去した。享年78歳。

 東京に生まれ、上智大学英文科を卒業後、業界英字新聞の編集長を務め、その後1975年に家族と共にバンクーバーに移住。クリーニング店を経営する傍ら翻訳活動をこなしつつ、日系コミュニティーの活動に深く貢献した。新移住者や短期滞在者の世話を積極的に行い、惜しみなく人助けをする精神はその後、幅広いボランティア活動へと広がっていった。

 約30年前、発行後間もない弊紙では『子供の領分』を連載。手書きによる文章と自ら描いた挿し絵は、弊紙初の本格的エッセイとして多くの読者を魅了した。70年代後半〜80年代前半に当地で企画・開催した『紅白歌合戦』では白組の司会を務め、好評を得た。日系団体においては、アイカス日系テレビ、バンクーバー日本語学校の理事を歴任。リタイア後は同校で古典教養講座講師と書道指導、ラジオにっぽんで『バンクーバー歴史散歩』を担当し、多才な知識人としてエッセイ執筆や講演、ボランティア活動に従事していた。敬虔なカトリック教徒、相撲愛好家としても知られている。

 満利子夫人との間に三女、一男をもうけ、孫が6人いる。

 

(取材 ルイーズ阿久沢)

 

(記事の続きは8月21日発売バンクーバー新報 第34号をご覧下さい。)