SPECIAL 2008
2008年8月14日 第33号 掲載
![]() 日本国総領事公邸で取材に応じるはるひ夫人 |
![]() 右側はサウジアラビアに出店時のスターバックスのカップ |
![]() 開明的な王子・ワルトビンタラールが所有する高さ99mのキングダムセンター |
![]() 講演会では自らアバヤをまとって紹介する場面も |
―1日5回、街中に祈りの言葉が音楽のように流れ、人々は何を差し置いてもメッカに向かいひれ伏して祈る。夏場は毎日50度を超す気温、極度の乾燥に喉の渇きを覚える以前に頭の痛さで脱水症状を知る。厳格なイスラム教国、そして灼熱の国サウジアラビアではるひ夫人がアバヤを通して垣間見た人々の暮らしぶり―
はるひ夫人が真っ黒の装束「アバヤ」をまとうと会場から歓声が上がった。体形がわからない。男女もわからない。いったい誰なのか?個性を覆い尽くすアバヤ。その強烈なインパクトはサウジアラビアの国そのものだ。
今年3月日系女性の会「コスモス・セミナー」でサウジアラビアを紹介した大塚はるひ夫人。同国へ公使として赴任した大塚聖一氏とともに過ごした3年間は驚きの連続だったと語る。
本編はサウジを知るための基礎知識や人々の生活ぶり、そして公使夫人ならではのご体験の一端を、はるひ夫人に伺いまとめたものである。
なお、大塚夫妻の赴任期間は2000年から3年間。急激に変貌を遂げている国だけに、現状と多少異なる可能性があることを読者にはご了承願いたい。
■イスラム教の法があまねくいきわたるサウジアラビアの生活
戒律での禁止事項は、公共での手足の露出、男女同席、女性の運転、集会、娯楽場、豚肉、お酒、タバコなど。アルコールの載った雑誌、豚肉の料理本、アルコールの入ったチョコボンボンや味醂もだめ。水着姿の写真の載った雑誌などご法度だ。メッカとメディナ、イスラム教の2大聖地を持つサウジアラビアは、イスラム教国の中でも最も戒律が厳しい国。イスラム教の及ぼす範囲は、教義や戒律、儀礼のみならず生活のすべてにわたる。
こうした国策には歴史的背景がある。部族間の争いが絶えないアラビア半島で、社会を統一、安定させるために、サウード家は最も厳格なイスラム教、ワッハーブ派の力を用いた。その力によって1933年、サウード家が支配する絶対君主制国「サウード家のアラビア=サウジアラビア」が建国されたのである。
「でもミニスカートの女性が見られた時代もあったと大塚から聞いております。現在の厳しさは、1967年の第3次中東戦争でのアラブ側敗北を機に起こった『イスラム教に忠実でいなければ自分たちのアイデンティティを示せない』という気運から、イスラム教が政治のイデオロギーとなり、厳しい規則を国民に課すようになったといういきさつがあります」とはるひ夫人は語る。その厳しさは現在進行形だ。
■ムスリム(神に帰依する人)の生活姿勢
街でよく見かけるのは、道端や車の中で書を読む人々の姿。読んでいるのは雑誌ではない。それはイスラム教の経典・コーランである。こうした姿に、はるひ夫人は異国に来たとの思いを強めたという。同国に僧侶や牧師は存在せず、国民は各自コーランから学ぶ。その教えを規則として実生活に適用させるのは宗教学者たち。そしてこれを国民に遵守させるために、宗教警察省の公務員ムタワ(直訳すると「勧善懲悪委員」)があちこちで目を光らせている。
■スーパーマーケットは時間別―公共の場での男女同席禁止の実際
生活上避けて通れない戒律の一つが、公の場で肉親以外の男女が一緒にいられないこと。いったいそんなルールをどうやって守っているのか。
たとえばスーパーマーケット。これは男女で入店時間が分かれている。学校は建物か教室が男女別々。女性は男性教師の授業が受けられないが、最近、大学では男性教授の授業を女性のクラスに映像で流す仕組みになってきた。レストランは入り口から男性用、ファミリー用と分かれている。ファミリー用のセクションに入っても、客同士が目に入らないようにと仕切りの高いボックス席になっていて、さらにボックス席の出入りする側にはカーテンがかけられている。この徹底ぶりには恐れ入る。
02年首都リヤドにオープンした「キングダムセンター」(写真参照)のことも紹介しておこう。スタイリッシュなデザインのこのビルは、世界で最も高い場所にモスクがあることで知られる。3階分がショッピングフロアなのだが、ここに入っているスターバックスに注目したい。1階が男性のみで、2階がファミリー用、3階が女性のみと3つの店に分かれているのである。3階はフロア全体が女性専用となっていて、うっかり男性が立ち入ろうものなら警備員に注意される。「女性専用フロアではアバヤを脱いでも良いのですが、せいぜいアバヤの前を開けている程度で、脱いでいる人は見かけませんでした」とはるひ夫人。
ちなみにスターバックスが同国に初出店する際、ロゴマークに女性(*神話に出てくる人魚)の顔がデザインされていることが問題となった。これがイスラム教の偶像崇拝の禁止に抵触するという理由で営業許可が下りず、ロゴマークのデザインを変えてやっと営業が許された(写真右)。現在は本来のマークが認められているそうだ。
■突如現れるムタワ! アバヤを着て街を歩けば…
公共の場は、まるで日本の旅館の浴場のように男女分け隔てられているのだが、道路や小さな商店となるとそうはいかない。そこで重要な役割をしているのが女性のまとうアバヤだ。体中をすっかり覆い尽くすアバヤが外界との仕切り役を果たす。男性が着るのは白い装束トーブである。では着ないとどうなるのか。ムタワに捕まって刑務所行きとなる。ムタワもトーブを着ているため一般男性と見分けることは難しい。はるひ夫人が街で買い物をしていると、突然「ヘアー!」と怒鳴り声が響いた。「髪の毛が見えているぞ」との注意だ。夫人がさっと髪を隠したところ、ムタワは去っていった。またある時は突然現れたムタワに横から指を指されて、「口紅が赤い!」と注意されたこともあった。外国人はアバヤから顔を出してもいいことになっているのだが、眼光鋭く恰幅の良いムタワたちにいきなり怒られては心臓も縮み上がるというものだ。
生活に根ざしたアバヤの機能性
傍目には不自由に思えるアバヤだが、着てみると思いのほか機能的であることがわかったと夫人は語る。強力な日差し、極度な乾燥、細かい砂の混じった空気。その中でアバヤの薄いベールはマスク代わりとなる。アバヤの中で呼吸をすることで、呼気の湿気が自分の肌を守る。もちろん強烈な直射日光も防げる。アバヤは、ヨーロッパに先んじて文明を持った中東での長い歴史のもと、人々の生活の知恵が結実した衣服であると言えよう。なおイスラム法自体に、女性にアバヤを着るようにとの規定はない。「美しいものは隠せ」と書かれているだけ。つまり女性は美しいという考えが根底にあるわけだ。
創意工夫されたデザイン
このアバヤ、黒という限定のなかでも、襟の形、袖口・ウエスト・裾の広がり具合、前身ごろの合わせ方とデザインはさまざま。そして飾り付けにもスパンコール、ラメ、ビーズ、ひも、刺繍など豊かなバリエーションがある。もちろん飾りもすべて黒。「どんな条件でもファッションを楽しむところに女性の強さを感じましたね」。裏地には黒の決まりはなく、色物を使うのが当時の流行だったという。「裾が翻ったときにちらっときれいな色が見えます。昔の日本人が着物の裏地に凝ったことに共通するものを感じ、『お互いアジア人ね!』と手を取り合いたくなりました」。しかしこの流行はすぐに社会問題となり、店頭から一斉に消えた。
■公園に現れる達磨のような人影
洗濯物が5分で乾くドライヤーのような外気。水道の蛇口から出る水は熱湯のよう。そんな環境で人々の活動時間が夜になるのは当然のことなのだろう。日没後の暗い時間になると大塚夫妻がよく散歩をする公園に、家族でピクニックをしている姿があちこちに見られた。「わざわざ街灯もない真っ暗な場所を選んで座っているようでした」。おまけに女性は真っ黒なアバヤを着ている。そのため大塚夫妻は彼らのすぐ傍まで近づいて初めて目の前の人々の存在に気が付くこともしばしばだったという。彼らが目立たないのは、声を上げたり高笑いしたりせずに会話しているためでもあった。真っ暗な中での憩い―思わず苦笑してしまうこの奇異な光景に隠されている彼らの感覚には今だに首をかしげるとはるひ夫人は言う。
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ご多忙にもかかわらず、「コスモス・セミナー」の依頼に応じて講演を引き受け、今回こうして本紙の取材も快諾し、労苦を惜しまず協力してくださったはるひ夫人。お話からその背景にあるものが伝わってきた。それは日本のことを赴任国に紹介、赴任国のことを日本人に紹介することで相互理解の一助になれたらという思いであり、現在当地で日本人が信頼される基盤を築き上げてきた日本人・日系人の人々への敬意の思いである。記者は、公用パスポートを持つ意味と役割を強く認識される夫人の、言葉にされない日々のご尽力に思いを馳せずにはいられなかった。
後編では、結婚と結婚後の生活について、はるひ夫人の王族の結婚式への出席体験を交えてご紹介しよう。
(取材 平野香利、写真提供 斉藤光一)