SPECIAL 2008

2008年7月3日 第27号 掲載


企友会主催 2008年度第1回特別講演会(パート2)
― グローバル化するボーダーコントロール ―


講演後、聴衆からの質問に応える星領(左)と松岡事務所長



 企友会(バンクーバー日系ビジネス協会)は毎年数回特別講師を招き、カナダと日本をめぐる政治や経済、社会状況などについての講演会を催している。2008年度の第1回特別講演会は、去る5月15日、リステル・バンクーバーにおいて、在バンクーバー日本国総領事館領事の星勇一氏と日本貿易振興機構(JETRO)バンクーバー事務所長の松岡裕之氏を招いて行われた。松岡氏は「グローバル化するボーダーコントロール」と題し、2001年の同時多発テロ以来、大きく変化したボーダーコントロールの状況と、さらにグローバル化する貿易の場におけるボーダーコントロールの今後について講演を行った。(なお、星領事の講演については小紙2008年6月12日号にて既報)

人と物の流れのグローバル化

 ボーダーコントロール(国境管理)というと、すぐに思い浮かぶのは外国へ出かけたときの入国審査だ。とりわけ、アメリカ合衆国へ入国する際には、指紋のスキャンや写真の撮影、そして念入りな質問などでかなりの時間を取られる。そのために生まれる長蛇の列にうんざりしたり、乗り継ぎ便の時間が迫ってくるなどでイライラしたりした経験のある人も多いだろう。これに加え、米国の国土安全保障省(DHS)は、去る6月3日、新たなボーダーコントロールのシステムを導入する計画を発表した。すなわち、日本を含む全てのビザ免除プログラム対象国民が、ビザ無しで商用あるいは観光目的で米国に渡航しようとするなら、入国する前にDHSから電子認証を取得することが義務づけられるというのだ。現在のところ、この制度は2009年1月12日から義務化される予定だが、インターネットにアクセスできない人はどうするのかといったような問題を始め、かなりの混乱が予想されている。

 今回の講演会を主催した企友会(www.kiyukai.org)は、1987年にバンクーバーで結成された日系団体。メンバーはカナダにおいてビジネスを営む人や計画中の人が多く、国境を越えての「物」や「人」の動きや規制に敏感な人ばかりだ。講師の松岡氏は、ジェトロのバンクーバー事務所長就任以前、財務省関税局での経験を長く積まれた方だけに、ボーダーコントロールの問題には特に深い係わりを持っている。講演会場を埋め尽くした100人以上の聴衆は終始熱心に耳を傾け、くわしくメモを取っている人も多かった。 
 
 松岡氏は、まずWTO(世界貿易機関)が発表した、1990年から2006年までの「世界貿易とGDP(国内総生産)の推移」を示すグラフを挙げ、GDPの伸び率よりも、輸出金額、輸出数量の伸びが大きいこと、特に2002年からは輸出金額の伸びが急激に大きくなっていることを指摘した。また、2002年を境に輸出量や輸出金額が大幅に伸びた原因として情報通信などの技術の進歩や資源価格の上昇とともに中国のWTO参加(発効は2001年12月11日)に注目すべきだと述べた。ちなみに、中国はWTOに参加することによって、これまで国家が独占していた貿易権を、外資を含む在中国の私企業にも開放し、関税の引き下げ、流通や金融、通信などの分野の市場開放が行われるきっかけとなった。世界貿易における中国の伸びは目を見張るばかりだ。

 次に松岡氏は、日本の貿易状況の推移を示す1996年から2007年までのグラフを挙げ、ゆるやかながら、日本の貿易も輸出入共に伸びていることを指摘した。なお、2007年度の日本における輸出額は84兆円、輸入額は73兆円となっている。このうち、カナダと日本との間の貿易においては、かつては為替レートの上下が大きく反映していたと松岡氏はいう。つまり、カナダドルに対する日本円が1ドル60円程度という最高値をしめした1995年前後には、カナダドル建ての統計をみると、カナダから日本への輸出は、日本からカナダへのそれの2倍以上となっていた。しかし、最近は為替レートの影響は少なく、カナダから日本への輸出は頭打ち状態だという。1995年におけるカナダからの輸出品目として目立った木材は、2007年には95年当時と比べて3分の1にまで落ち込んでいる。これに対し、石炭や銅の輸出が増え、豚肉の対日輸出の伸びも著しい。

 物の流れも人の流れも、世界的規模で動いており、この傾向はこれからもさらに拡大して行くと松岡氏は見る。そのためには各国の「ボーダーコントロール」のありかたは、文字通り「管理」の側面と「促進」の二面のバランスを取ることにありそうだ。しかし、2001年の同時多発テロ以来、ボーダーコントロールをめぐる状況は大きく変化してきている。

「ボーダーコントロール」という考え方

 出入国管理(人の流れ)や貿易管理(物の流れ)に対するニーズは、二つの相反する面があるようだ。一方では、「人も物も、外国との行き来がスムースに行くよう、手続きは簡素で迅速なものであるべきだ」という要求がありながら、他方では「テロや犯罪で社会の安全がおびやかされないように、入り口でしっかり護って欲しい。安全で有益な人や物だけが入ってくるようにコントロールして欲しい」という要求も同時に満たされなければならない。もちろん物流に関してなら、関税や消費税の徴収という国の財源と深い関わりのある側面も「ボーダーコントロール」の大切な要素だ。

 松岡氏は、2001年に米国で起きた同時多発テロが、「ボーダーコントロール」に大きな変化を及ぼしたと指摘した。同時多発テロ以前は、人々にとっての「ボーダーコントロール」のイメージは、「せいぜい必要悪。なければないほうがいい」という程度のものだったという。すなわち、できるだけ手続きは効率的で、関税などの負担も少なく、物も人も「スムースに流れる」ことに主眼が置かれていた。松岡氏は、1970年代にはすでに各国はコンピューターを導入するなどの機械化で申請書類手続きの簡素化を行い、80年代には世界規模で増大する貿易量に対応するために、リスクの高いもの(怪しそうなもの)にたいしては重点的に検査をおこない、リスクの低いものにたいしては通関手続きを簡素化するといったように、データを生かした「リスクマネジメント」の考え方が導入されるようになったと述べた。

 しかし、同時多発テロ以降、ボーダーコントロールの考え方は一挙に変わったと松岡氏は言う。ボーダーコントロールは「錦の御旗」を得たというのだ。テロ対策という「旗」のもとに、入国管理におけるバイオメトリクスの導入から、国際物流におけるセキュリティの確保が「ボーダーコントロール」の主眼に置かれるようになった。密輸の阻止や食品の安全など、国民の安全、安心を護ることがボーダーコントロールの役割であり、「セキュリティ」も重要な要素ではある。しかし、2001年以降の「セキュリティ」への過剰なまでの動きは、観光客を受け入れる旅行業界から、国際物流に関連した貿易業者まで、大きな影響を及ぼしている。カナダでも、2003年にカナダ税関歳入庁をカナダ歳入庁(CRA)とカナダ国境サービス庁(CBSA)の2つに改編したが、CBSAは国境を通過する人やもののセキュリティの確保に重点を置いた組織となり、法の執行面でもより大きな力が発揮できるように権限が強化されている。

「AEO」制度の今後の見通し

 アメリカへの入国手続きの長い列を見てもわかるように、セキュリティを強化すれば当然、効率は悪くなりがちだ。しかし、貿易のグローバル化が拡大を続けている以上、国際物流の効率化は世界共通の課題となる。

 セキュリティの確保と効率化をバランス良く両立させるものとして、世界税関機構(WCO)が導入しようとしているのが「AEO」制度だ。Authorized Economic Operatorとは、法令遵守(コンプライアンス)に優れている事業者を税関が認定し、その事業者が扱うものについては通関手続きを簡素化するという便益を与えるというものだ。松岡氏は、このAEOを1980年代から始まっていた「リスクマネジメント」の進化したもので、「税関関係当局と貿易に携わる事業者の双方にとって利益となるよう協力しましょう」という姿勢を示すものだと説明した。

 日本では2006年3月に、日本版AEO制度の目玉とも言える特定輸出申告制度が始まり、コンプライアンスに優れていると認定された輸出者を「特定輸出者」として優遇処置を与えることになった。認定を受ければ、自社の工場や物流センターで輸出申告から検査、輸出許可までの手続きを行うことができるので、輸出手続き完了までの時間を1〜2日程度短縮することが可能となる。しかし、貿易は輸出と輸入で成り立っており、輸出の際と輸入の際ともにコンプライアンスを認められなければ十分とはいえない。その意味で、AEO制度は輸出入の相手国との間で相互に認証されることによってはじめて本来の機能を発揮する。日本政府は今年の5月14日、ニュージーランドとの間で相互認証取り決めに署名し、10月から実施することとなった。松岡氏は「相互認証の実現はまだまだ先のことだと実は思っていました」と率直な感想を述べたが、現在協議中、または研究中であるカナダ、米国、EU、そしてオーストラリアや中国との間での、相互認証取り決めは間違いなくやってくるであろうと強調し、その実現に向けた努力が続けられていくだろうと述べた。セキュリティの確保と効率化を両立させるためには、AEO制度の相互認証は不可欠と思われるが、相互認証に関係した情報交換、各国におけるAEO認定の際の精度や公正さ、認定後のコンプライアンスのレベル維持などなど、解決すべき問題点はまだまだ多いものと思われる。日本とニュージーランドとの相互認証は、日本としては初めて、世界でも2例目(双方向の物流を対象としたものとしては世界で初めて)なので、今後の動向は世界の注目を集めていると言えるだろう。

 松岡氏は講演の最後でジェトロの活動内容を紹介し、在外企業に対する協力や支援のメニューが整っていることを強調した。日頃、貿易の最前線に立つことの多い企友会のメンバーは、関税制度に詳しい松岡氏がジェトロのバンクーバー事務所に駐在していることに頼もしさを感じているように見受けられ、活発な質疑応答も行われた。

(取材 宮田麻未、写真 神尾明朗)