SPECIAL 2008
2008年6月19日 第25号 掲載
![]() 自宅にて アレクサンダー恵子さん |
![]() ドイツのピアノ6/8のコンクールの主催者、審査員、カナダからの出場チームと一緒に |
![]() 2000年チェリスト、ロストロポーヴィッチ氏(中央)がバンクーバー交響楽団と当地で演奏会を行った際のひとコマ。左はご主人のジェフ・アレクサンダーさん |
![]() 2000年にシンシナティを訪れたヒラリー・クリントン氏のファンドレイジングイベントに招かれてピアノを演奏した恵子さん |
![]() ドイツ、バイロイトにある偉大な作曲家リストの使用したピアノを弾く恵子さん |
日本から招いた優秀な若手ピアニストによるリサイタルが6月24日ウエストバンクーバー・シルクパース、27日バンクーバー・アート・ギャラリーで開かれる。今年で2年目となるこの企画の実施のために奔走しているのは、バンクーバー在住のピアニスト、アレクサンダー恵子さんである。
日本と世界をつなぐ架け橋に
ピアノを通じたさまざまな活動で世界的に活躍している恵子さん。所属するピティナ(社団法人全日本ピアノ指導者協会)が行う、ピアノの全国大会での審査員業務も活動の一つである。毎年日本中から膨大な数のピアノ学習者が参加し、地方予選を勝ち抜き、最終の全国大会に臨む。そこで受賞するのは演奏技術、表現力共に光る、優れたピアニストたちである。そんな受賞者を前にして恵子さんが強く思うことがあった。それは日本で賞を獲得してもそれが世界へと続かないことだった。「日本から世界に出るには何かのコネクションがないと難しいものです。海外にいる私が、日本の若い人たちが国際的に羽ばたく助けになれたらと思ったのです」。その思いが優秀者のカナダへの招待につながった。
昨年、恵子さんの招きでカナダに来たのは酒井有彩さん。「酒井さんは、ウエストバンクーバー・シルクパースでの演奏後、聴衆からスタンディング・オベーションが贈られました。日本ではそんな風に感激を表現してもらえることがないですよね」。卓越した技術と集中力で、きめ細やかな音の表情を描き、聴衆をぐいぐいと惹き付けた有彩さんのことは記憶に新しい。有彩さんはカナダでの演奏が自信と励みになり、パリの音楽院へ留学している。今回来加公演を行う山田真琳(まりん)さんも、有彩さんと同じくピティナの大会の受賞者で、その実力はお墨付きである。
招いたピアニストの滞在に自宅を提供し、観光案内も行う恵子さん。ピアニストとしての演奏活動、ピアノ指導、コーラスグループの伴奏、審査員と多忙を極める恵子さんが、進んで人助けをしようとする姿には頭が下がる。「私にとっても『日本にこんな上手な人がいるんですよ』とこちらの人に紹介できるのは誇らしいですから」と語る表情からは、若手ピアニストの招待を心の底から楽しんでいる様子が伝わってくる。
豊かな自然に魅せられて米国からカナダに
恵子さんは愛知県立芸術大学、ニューヨークのジュリアード音楽院を卒業し、米国オハイオ州のシンシナティ大学音楽部でプレパラトリーピアノ科主任を務めた。工業都市であるシンシナティからバンクーバーを訪れた際、恵子さんは山や海に囲まれた豊かな自然に強く惹き付けられた
。
「主人はシンシナティで交響楽団のマネージャーを務めていましたが、バンクーバー交響楽団のマネージャーのポストが空いたことから、これはバンクーバーへ移り住むチャンスと思い、私が強く主人に勧めました。最初主人は『どうしてアメリカ人の僕がバンクーバーに行かないといけないんだ?』と言っていましたけどね」そして2000年にカナダに移住。「アメリカでは田舎に住んでいたこともあって、人種差別がありました。大学で教えていると、生徒の親から『日本や中国なまりのない先生に指導してもらいたい』と言われることもしばしばでしたし…。こちらに来ると、そういったことがなく、ほっとしましたね」
アメリカと言えば、話題の人、ヒラリー・クリントン氏の前で演奏会を行ったこともある。「演奏後、ヒラリーさんの方から、『握手しませんか?』と声をかけてくださいました。はたから見ていると怖そうな女性に見えますが、米国では女性への差別もありますし、外では気を張っていないと生きていけないところがありますね。直接にお会いして、印象が良いものに変わりました」
トリオを組んでの演奏活動
ソロの活動のほかに、これまでクラリネット奏者のジーン・ラムズ・ボトムさん、チェロ奏者のボー・ペンさんと結成した「バンクーバートリオ」としてバンクーバー・アート・ギャラリーなどで演奏を行ってきたほか、バンクーバー交響楽団の名誉コンサートマスターの長井明さん、妻の長井せりさんと結成した「パシフィック・ノース・トリオ」では、今年3月に東京のアグネスホテルで演奏会を行った。その演奏会はバンクーバー在住の映画音楽で知られる作曲家マイケル・コーンウェイ・ベーカー氏の作品を日本で初めて演奏する機会となった。現在はベーカー氏がパシフィック・ノース・トリオのために書いた楽曲を練習中である。
ドイツの古城を会場に行われるピアノコンクールの審査員は始めて6年に
今年5月には審査員としてドイツに赴いた。大会はドイツのバイノフ氏が始めた「第6回6手と8手のための国際ピアノコンペティション」で、一台のピアノを3人で演奏、もしくは2台を4人で弾くアンサンブルの形式である。「ピアノは孤独な楽器ですが、複数で弾くと、互いの音を聞き合う訓練になり協調性も育ちます。また音にも迫力が出て、音楽の楽しみが高まるのです。コンクールの審査には個人的な趣味の違いでの議論が出ることも多いですが、この大会はチームワークがポイントのため、それがなくていいですね」。当地からの参加チームの優勝も恵子さんにとってはうれしい出来事だったという。
尊敬する音楽家はロストロポーヴィッチ氏
20世紀後半を代表するチェロ奏者の巨匠・ロストロポーヴィチ氏。氏の晩年に、恵子さんは直接面会する機会を得た。彼女が持参したバイオリンの絵柄のスカーフに、氏は「これはチェロにしなければいけない」とペンでチェロのように支える棒を書き加えた。チェロ奏者一人一人に対して「みんながんばれ」と声をかける姿、また日本では地方公演をボランティアで行ったという氏の姿勢に恵子さんは感銘を受けた。「なんて純粋な音楽家なんだろうと思いました。実力のある方ほど、謙虚で温かくていらっしゃるものですね」
どんな話題の時でも自身のことは手短にして周りの人の素晴らしさを熱心に語る恵子さん。特にピアノを指導する生徒への思いは格別であることが、話の端々から伝わってくる。生徒たちもそんな恵子さんの思いに応えて実力をぐんぐんと伸ばしている。生徒の一人、佐山愛咲さんは恵子さんの指導のおかげで、行き詰りを打破し、自分の音楽人生までも変わったと語る。また数年の指導後、ニューヨークのマンハッタン音楽院に進学できた生徒や、ジャズで名の知れたボストンのバークレーカレッジに合格した生徒など、才能を開花させていく生徒たちの姿が、恵子さんの喜びとなっている。
周りの喜びを自分の喜びとする人は、人生を何倍にも豊かにすることだろう。そんな生き方を恵子さんに見るのは記者だけではないはずだ。
(取材 平野香利、 写真提供 アレクサンダー恵子さん)
| ピアニスト アレクサンダー恵子さん 名古屋出身。愛知県立芸術大学、ジュリアード音楽院(ニューヨーク)卒業。ピアノをサッシャゴロドゥニツキ教授、ヤニーナ・フィアルコフスカ氏に師事。その後、オハイオ州シンシナティでベラ・シキ氏、パリでヴラド・ペルルミュール氏に師事。シンシナティ大学音楽部プレパラトリーピアノ科主任を務めた後、2000年渡加。室内楽、ソロ、Winds Choirの伴奏、個人指導のほか、BC Conservatry of Music、東京音大などでマスタークラスおよび講座を行い、好評を得ている。 審査員としては、BCRMTA SPG ミュージックフェスティバル、BC Conservatry of Music Festival、バーナビー・ミュージック・フェスティバル、UBC音楽学部コンチェルトコンペティション、シンシナティワールドピアノ国際コンペティション、MTNA(米国)、6手と8手の国際ピアノアンサンブルコンクール(ドイツ)、ピティナピアノコンペティション全国決勝大会(東京)ほかに招かれている。 |