SPECIAL 2008

2008年6月12日 第24号 掲載


企友会主催 2008年度第1回特別講演会 (パート 1)
環境問題への取り組み/京都議定書の約束年開始を迎える日本と世界


環境問題について語る星勇一領事



 企友会の主催による、2008年度第1回の特別講演会が、5月15日、リステル・バンクーバーで行われた。講師は在バンクーバー日本国総領事館領事の星勇一氏と日本貿易振興機構(JETRO)バンクーバー事務局長の松岡裕之氏。星領事は『環境問題への取り組み』と題して、京都議定書による第1期の約束期限をめぐる日本とカナダの取り組みや、“ポスト京都議定書”の見通しなどについて述べ、松岡氏は『グローバル化するボーダーコントロール』と題し、同時多発テロ以来、大きく変化した“国境における人と物の流れのコントロール”の実態と将来の動きについて、それぞれ1時間余りの講演を行った。会場には55人が集まり、用意した椅子が足りないほど。講演の後には活発な質疑応答も行われた。(今週号ではパート1として星領事の講演を紹介する)。


京都議定書約束期間の第一期開始の年を迎えて
 2008年は京都議定書の第三条に定められた、第1期の約束期間が開始される年に当たる。これは今年から2012年までに、先進国全体で温室効果ガス6種の排出量の合計を、1990年に比べて、少なくとも5%削減することを目的として定めたものだ。日本はカナダなどと同じく、6%の削減を求められている。しかし現実には、日本は1990年から2005年までの間に温室効果ガスの排出量は6.4%上昇しており、2012年までに目標値を達成できるのか懸念する声も高まっている。

 京都議定書とは「大気中の温室効果ガス濃度の安定化」を目的とし、「地球の温暖化が自然や生物にもたらすさまざまな悪影響を防止するための枠組み」を定めた気候変動枠組条約(FCCC)に基づき、その条約を具体的に実施するため、条約の本体とは別に定められた取り決めのことをいう。FCCC条約そのものは1992年から始まっているが、1997年に京都で開かれた会議によって詳細が決定され、議定書が作られたので「京都議定書」と呼ばれるようになった。

 星領事は、FCCC成立当時の状況について、日本はオイルショック以来、石油依存の状態を改善するために、政府も産業界も省エネに力を注いできており、90年代には「省エネはし尽くした」段階にあったことをまず指摘した。このような状況にあった日本にとっては、「1990年を基準年として6%減」という目標値は、その当初からさまざまな問題を抱えたものだったようだ。しかし、太陽電池や風力発電などの再生可能エネルギーの普及に取り組んでいた星領事(当時経済産業省所属)は、財務省などに予算を請求する際、「あとどれだけ石油資源があるかどうかの問題ではなく、今のようなエネルギーの使い方では、地球温暖化で地球が持たない」と訴え続けたのだという。

 「日本では、現在の環境問題とは視点が違うけれども、20年から30年以上にわたって、省エネに取り組んできたという現実があった。80年代に日本はすでに省エネでは世界のトップランナーになっていた」と星領事は語る。

 また星領事は、2007年にアル・ゴア氏と「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」がノーベル平和賞を授与されたことも、京都議定書の第一次約束期間の開始直前という状況と無関係ではないのではないかと指摘する。IPCCは、国連の専門機関の一つとして1988年に設立されたものだが、気候変動枠組み条約の交渉時に、この機関がまとめた報告書が使われたことなどから、現在はFCCCの実施に科学的な裏付けとなる研究や資料の収集を行っている。IPCCは、2007年に出された第四次報告書の中で、「地球温暖化に人類の活動が直接的に関与している」と明言し、CO2(二酸化炭素)がその要因の一つであることを指摘した。これは、今までの報告から一歩踏み出した内容であり、今後の各国の環境問題への取り組みにも大きな影響を与えることになるだろう。

キーワードは「京都メカニズム」と「ポスト京都」
  京都議定書に定められた枠組みの中でも、星領事は「京都メカニズム」と呼ばれるものの重要性を指摘する。京都メカニズムとは、温室効果ガス削減数値目標を達成するために、自国内での排出削減以外に、海外での投資により実施した削減量も「目標達成値」に換算できるとするものだ。これには、先進国が途上国で行われる温室効果ガス削減事業に投資し、そこで削減された分を目標達成値に換算できる「クリーン開発メカニズム(CDM)」、先進国が他の先進国で行われる温室効果ガス削減事業に投資し、その削減分を換算できる「共同事業(JT)」、そして先進国同士で目標値達成のための排出量を売買する「排出量取引(ET)」の市場を作るという、3種類がある。

 この京都メカニズムは、日本のようにすでにエネルギーの使用効率が非常に高くなっている国にとっては、国内だけではやり尽くしてしまった省エネを他国への投資で換算でき、目標値達成に近づけるという利点がある、また省エネへの改善の余地の多い国で取り組みを行うことによって経済的コストが安く抑えられるという面も見逃せない。しかし現実問題として、京都議定書を批准した先進国G8の中で、EU域内を一つとしてみれば京都メカニズムで投資や排出量取引のためのいわゆる「炭素クレジット」を買う側に立つのは日本だけである。ロシア連邦は、1990年を基準にプラスマイナスゼロで良いことや、莫大な森林をCO2の吸収剤として削減換算に含めることができるなどのことから「売り手」となることが当初からわかっており、大幅な削減を迫られている英国やドイツにしても、EUは共同で削減義務を負うことになるので、旧東ドイツや東欧など省エネ化を進める余地あるところを含めれば「売り手」に回ることになる。

 しかし星領事は、すでに省エネを進めていた日本が「乾いた雑巾を絞るように」取り組んでいかなければならないことを「悲観的に紹介するつもりはない」と言う。無意味な後ろ向きの議論より、京都議定書の枠組みや期間を以降の「ポスト京都」を見据えた取り組みが必要で、それには「将来的に温室効果ガスの排出国として巨大化してくるであろうインドと中国、そして現実的な意味がないとして京都議定書から離脱してしまったアメリカを必ず参加させることと、基準年の設定などで公平なルールに基づく」ことが鍵となると星領事は強調した。

BC州の取り組みと日本の対策
 カナダは京都議定書の批准国の1つであるが、政権交代以降、ハーパー首相は「国の経済成長を阻害せずに京都議定書で定められた目標を達成するのは不可能」と繰り返し述べ、議定書の遵守を促す上院の立法に対しても強く抵抗し続けている。ちなみに、カナダは2006年の時点で、1990年から比べ、温室効果ガスの排出量は35%も上昇している。

 BC州は昨年排出量削減の目標値を設定し、2007年を基準として、2020年までに33%減、2050年までに80%減としているほか、炭素税の導入も今年の7月から施行することが決まっている。炭素税についてガソリンを例に取ると、1リットルあたり、2.4セントが環境目的税として課税されることになる。これに対し星領事は、炭素税の導入や排出権取引市場への参入などが、キャンベル首相からのトップダウンで進められたことに注目し、各省や産業界の意向を調整しながら政策決定が行われる日本との大きな違いを指摘。その上で「地球環境問題に関しては、やり方をかなりドラスチックに変えていかなければ、なかなか進まないだろうと感じる」と述べた。

 BC州が連邦政府の方針決定が行われる以前に、独自の目標値などを示したことについて、星領事は州内の産業界の反応として、「連邦政府がどのような制度を作ろうとするのか、それとの整合性はどうなのか」といったようなことが懸念されていると述べた。また、アメリカの大統領選挙でも、各候補が60%から80%の大幅な削減を政策として挙げており、選挙後の情勢の変化がカナダの連邦政府やBC州政府に及ぼす影響にも注目していると述べた。

 日本が2012年までに目標値を達成するためには、1990年の時点からの上昇分を合わせて、12.4%の削減を行わなければならない。星領事は、この極めて厳しい状況に対し「ホテルやレストラン、デパートといったサービス業、そして家庭などに手をつけて行かなければ12%を達成することはできない」と指摘する。国民生活における排出量の問題にまで踏みこんだ指針が示されることになるだろうとのことだ。また、「最初に6%削減を決めたとき、そのうちの3.9%は植林でまかなうことになっていた」と温室化ガス吸収材としての植林にも触れ、目標値達成のための重要な要素であると述べた。

「低炭素社会」へ向けての日本の進むべき道
 京都議定書をめぐる各国の状況、BC州の取り組みなどを紹介した星領事は、「2050年までに地球の人口は90億に達すると言われているが、今までと同じやりかたでは、その90億を養う資源はない。エネルギーや食料の奪い合いがおきるだろうと言われている」と述べ、世界が「低炭素社会」に向かわざるを得ないことを指摘した。また、このためには既存の技術だけではなく、太陽電池の効力の飛躍的な上昇や、鉄鋼産業で現在使われているコークスを水素に代替させていく技術など、大きな技術的なブレークスルーが必要だろうと述べ、そのためには「早く取り組むほど有利」と強調した。しかし、風力発電や太陽電池の技術開発には膨大な投資が必要であり、石油の価格が上昇した現在でも経済的に見合う状況ではない。このことから、開発には政治的な方向付けが必要であり、そのための環境税制を検討する必要に迫られていると星領事は言う。

 経済の発展を妨げることなく、化石燃料への依存から脱却し、温室効果ガスの排出を大幅に削減した社会を目指すためには、これからも乗り越えねばならない多くの問題が山積みしている。これに対し星領事はあくまでも前向きな姿勢で語り、日本が経済と環境を両立させる政策や温室効果ガスの排出量削減のための技術開発、再生可能エネルギーの開発などで、世界の指導的な立場に立つべきことを示して講演を締めくくった。

(取材 宮田麻未、写真 神尾明朗)