SPECIAL 2008
2008年5月29日 第22号 掲載
![]() 鵜沢梢さん(自宅仕事場にて) |
![]() ドナルド・キーン賞受賞式 (左より『雨月物語』の翻訳で受賞したアリゾナ大学のトニー・チェンバースさん、ドナルド・キーン先生、鵜沢梢さん、アメリア・フィールデンさん) |
![]() 『KALEIDOSCOPE 万華鏡 ー 対訳寺山修司短歌集』 没後25年の青春短歌201首、初の本格対訳 鵜沢梢、アメリア・フィールデン共訳 写真入ハードカバー 2000円 北星堂出版 |
短歌翻訳家の鵜沢梢さんが、このたび優秀な翻訳家に贈られるドナルド・キーン賞を受賞した。
鵜沢さんはアルバータ州のレスブリッジ大学准教授として10年間、日本の言語、文化、詩歌を教え、昨年退職してバンクーバーに戻ってきたばかり。英語圏の人たちへ短歌を広げようと、同人誌を発行しながら、翻訳活動に励んでいる。
短歌との出会い
高校の英語教師だった鵜沢さんがカナダに移住したのは1971年。当初3年くらいの予定だったがバンクーバーが気に入り、UBCアジア図書館で働きながら、大学院の修士課程に入った。さらに博士課程で言語教育学を専攻しながら、北米の大学で日本語と日本文化を教えるようになった。
この頃出会ったのがバンクーバーの短歌勉強会。「日本だと中学、高校で短歌とか俳句とか読むじゃないですか。それだけだったので、短歌を作るなんてことは考えてもみませんでした」と言うが、毎月会員の作品を無記名で並べて批評し合うこの勉強会が楽しくて、短歌を始めた。その後、裏千家の茶道誌『淡交』の歌壇に投稿した中の1首が歌人・佐佐木幸綱により年間最優秀賞に選ばれた。これを機に「もしかしたら短歌は私に向いているのかもしれない」と結社『心の花』に入会。毎月8首という投稿規程に沿って、積極的な創作活動が始まった。そして10年前に『カナダにて』という歌集を出版する。
レスブリッジ大学
1994年、博士号を取得し、アルバータ州のレスブリッジ大学の准教授となった。「瞬間風速30キロぐらいの強風がほとんど毎日吹くんです。冬にその風が吹くと、体感温度が零下50度くらいに下がってしまうので、それが厳しかったですね」。平原地帯では花も木も少なく、始めはすごく寂しかったという。
大学ではまったくの初心者に日本語を教えた。学生はカナダ人ほか、最近増えた中国本土からの留学生など。日本映画を見せて、そこから日本文化、日本人のものの考え方についても話し合った。『Shall we dance?』『黒い雨』、アニメ『となりのトトロ』も見せたが「クロサワも知らない、日本についてまったく知らない人が多かったですね」と苦笑する。
短歌を翻訳
5-7-5の俳句はHAIKUとして英語圏にも普及しているが、5-7-5、7-7のTANKAは英語圏ではまだ知る人が少ない。これは、これまであまりいい短歌の翻訳が出ていないためだと思い、10年ぐらい前から好きな短歌をノートに書き出し、英訳を始めた。
短歌には普通、主語が書かれていない。ふた通りに解釈できることも少なくない。「そういう時は困りますね。中には翻訳しても、英語にした時におもしろくなくなってしまうものもありますし」。人名や地名が入っている短歌は、英語圏の人には理解しづらい。オノマトペ(らんらん、などの擬態語、擬音語)がうまく使ってあっても、それをそのまま英語には出来ない場合もある。鵜沢さんは、そういうものを翻訳するのは本当に苦労するが、うまく出来たときはうれしい、と言う。ベストセラーの短歌集、俵万智さんの『サラダ記念日』について尋ねると「あれは現代語で書いてあって、読んでわかりやすいんですね。そういうものは翻訳しやすいです」とのこと。
英語での短歌
英訳の必要上、英語短歌を書くのも必要と感じた。英語の読者を対象に英語で短歌を書く場合は、どんなテーマが伝わりやすいか、をまず念頭に置く。ルールは一応5行。20ワード以下で収まるように5行に分け、英語のリズムで作る。人によってはショート、ロング、ショート、ロング、ロングという形式を使う人もいる。俳句と違って、短歌には季語はない。自分の(英語の)短歌がどんな風に評価されるのかと、米国タンカ協会にも入った。「でも英語で短歌を作る方が、翻訳するより楽ですね」と、ここでも翻訳の難しさを強調する。
2005年にタンカカナダを結成し、カナダで初めての英語短歌同人誌『Gusts』の発行を始めた。「日本だと俳句の人は俳句だけなんですが、こちらの人は俳句と短歌を両方作る人が多いですね」。会員は世界各国に120人ほど。BC州にも7人いる。最近、オーストリアにいる会員が、ノーベル賞にノミネートされたという報告を受け、びっくりしている。
ドナルド・キーン賞受賞
メールで知り合ったオーストラリア在住のアメリア・フィールデンさんとの共訳で、2006年に『観覧車−英訳現代短歌101首』を出版。翌年、優秀な翻訳書に贈られる日米友好基金日本文学翻訳賞(通称ドナルド・キーン翻訳賞)を受賞した。賞そのものは2007年だが、キーン先生のスケジュールの関係で授賞式はいつも翌年の春に行われる。そのため今年の4月18日に、ニューヨークのコロンビア大学での授賞式に出席した。キーン先生からは「ひとりより、ふたりでいいものが出来ましたね」とコメントを受けた。出発前、受賞の記事を見たアメリカ在住の人から「40年前に日本で一緒に働いていた者です」との連絡を受け、ニューヨークで思わぬ再会もできた。
「今まで出ている翻訳は、ほとんどが古い和歌や平安文学関係の学術書などです。だからもっと現代短歌を翻訳して、みんなに読んでもらいたいんです」。短歌は日本語であれ、英語であれ現代に生きる人間の生き方、考え方が短い詩形に凝縮されるので、それが詠むときのチャレンジであり、他の人の短歌を読む面白さだと言う。
今年の1月から韓国語を習い始め、韓国に住む教え子に誘われて、プサンに行ってきたばかり。リタイア後も翻訳、出版社との交渉、編集長として年2回の『Gusts』の発行に忙しい鵜沢さんである。
(取材 ルイーズ阿久沢)
鵜沢梢(うざわこづえ)さんプロフィール
東京都出身。1994年、UBCより博士号を授与される(言語教育学)。同年レスブリッジ大学の准教授となる。カナダ日本語教育振興会2003年理事。短歌結社誌『心の花』(佐佐木幸綱主宰)会員。 共訳書に『As Things Are:英訳河野裕子の短歌百首』(ギニンデラ出版)、『観覧車:英訳現代短歌101首』(Cheng & Tsui出版)、『万華鏡、対訳寺山修司短歌集』(北星堂)がある。バーナビー在住。 ドナルド・キーン先生プロフィール |